browser icon
You are using an insecure version of your web browser. Please update your browser!
Using an outdated browser makes your computer unsafe. For a safer, faster, more enjoyable user experience, please update your browser today or try a newer browser.

エピローグ

Posted by on 2011/05/28
Bookmark this on Google Bookmarks
このエントリーをはてなブックマークに追加


ニューヨークで最後に食べたアイス。ほんとにアメリカのアイスって・・・

次の日、僕らは思う存分寝坊をすることができた。もう朝の暗い内に起きる必要も無かった。
それから、ホテルのモーニングを食べた。久々にまともな時間にまともな朝ごはんが食べられる。こんなささいなことに幸せを感じずにいられなかった。


サンフランシスコからニューヨークまで、元々4850kmぐらいの予定が最終的には5122kmになった。これは砂漠での160kmに及ぶ大ロストと(この時はラスベガスへと向かっていた)、最終日160kmのはずが結局205kmも走ったのが主な原因である。他にも毎日ちょっとづつ道に迷ったり、回り道させられたりで結局5000kmは超えてしまった。まさにブログのタイトル通りになってしまった。
5000kmも走ると毎日いろんな人に会う。みんな親切でいっぱい助けてもらった。そのひとりひとりにエピソードがあって、それらは忘れられない思い出になった。
まだアメリカの道やモーテルがどんな感じかもわからない最初の6日間、マイクにサポートしてもらった日々はこのアメリカ横断で一番濃い毎日だった。こんなんでほんとに僕らは横断できるんだろうかと思い知らされる毎日だったけど、マイクのサポートで何とか乗り切ることができた。
彼がいたからアメリカ横断を達成する事ができたのは間違いない。彼と別れた後だって、あのサポートを無駄にはできないという思いが僕らの背中を押してくれていた。
三人で見た砂漠の星空は最高だった。巨大なクレーターの真ん中で野宿したのも忘れられない思い出である。
ハムサンド、パンケーキ、白いセダン。思い出すと懐かしいことばかりだ。
アメリカの道は本当に真っ直ぐだった。ほんとに嫌というほど真っ直ぐだった。そして、アメリカはどこも自然でいっぱいだったと思う。広大な大地は人が住む場所以外はその真っ直ぐな道だけがあった。
動物もいっぱい見た。それこそニューヨークの直前にだって動物を見る事ができた。(その死骸も最後の最後まで頻繁にあって、慣れてしまうほど…)
人々は大都市を除いて森や湖のある場所、そこに寄りそって暮らしているように思えた。そんな街の店に入るとどこも暖かく迎えてくれて、街の人々はみんな知り合いなんじゃないかというように思えた。特に西の方ほどそんな感じで、僕らは遠くに見える森を目指してあそこまで行くと街があるんじゃないか、何とかなるんじゃないかと思いながら走っていた。(ほんとに木しか生えてない場所もいっぱいあったわけだが…)
一番の事件は、やはりイリノイでの追突事故。後ろでバキッという音がした時は本当に怖かった。当てられた本人はもっと怖かったと思う。慌てて駆け寄ってM女史の返事があった時は本当に良かったと思った。
その後は救急車に乗ったり、救命センターに行ったり、何だかアメリカのよくあるドラマの中に入ったようだった。
そんないろんな事を乗り越えニューヨークに着いた僕らは、翌日自由の女神に会いに行った。ほんとは自転車ごと目の前まで行きたかったけど、それは無理だった。セキュリティが厳しくて、カバン一つぐらいしか持ち込むことができないぐらいだったのだ。



自由の女神がいるリバティアイランドへは大きな遊覧船で渡る。船の上は観光客でいっぱいだった。最初は遠くで小さかった自由の女神が、近付くほどに段々と大きくなって行った。それは想像していたよりもかなり大きかった。今まで苦労をしてきた分だけより大きく見えたのだと思う。



いよいよ船はリバティアイランドへと到着した。僕らは自由の女神の正面へと歩いていった。自由の女神は凛としてそこに立っていた。見上げると首が痛いくらい大きかった。
僕らはしばらく女神を見ていた。ニューヨークまでたどり着けないのではないかと思ったこともあった。思い通りに進めず予定も伸びてしまった。でも決してあきらめることはなかった。だから僕らはこうしてここにいるのだ。
しかしやっとゴールしたというのに、僕の心は感動だけで満たされていたわけではなかった。なんというか、今回の出来事を超えるような感動はもうしばらく無いんじゃないかという淋しさが少なからず心を支配していた。それに200kmを走る毎日は苦しいこともあったけど、それ以上に楽しくて仕方のない日々だった。だから最後はゴールが近付いているのに、あともう少しだけ走っていたい。そんな心境だった。
でもそれはわがままな願いで、そんなことを思っていては罰があたると思う。ここまでたどり着けたのは運もあったからで、僕らはゴールできたことに感謝しなければならなかった。
こうして僕らのアメリカ横断は終わった。しばらくは何か目標とするものはみつかりそうにないけれど、自転車に乗っていろんな景色を見ながら走るのはやっぱり最高の気分だ。だから、まだまだ走り続けたいと思う。いつの日かまたどこかすばらしい場所に行きたくなる日まで。

5 Responses to エピローグ

  1. a

    いつも更新楽しみにしてました
    まだ旅が終わってほしくない、まだブログが続いて欲しいという思いです
    いつかアメリカ横断するのでそのときの参考にします

  2. M氏

    aさん
    最後まで読んでくれてありがとう。
    ブログが続いてほしいと言ってくれて嬉しく思います。
    書いてる間も、いろいろ思い出しながら楽しかったですからね。
    アメリカ横断。ぜひ行ってくださいね。
    見聞きしただけではわからない世界がそこにあります。

  3. M女史

    a様
    読んでもらえてすごく嬉しいです。最後の後書きを
    私が書くのですが、文章が苦手なので時間がかかっています。
    もう少しお付き合いください。

  4. AKIO!

    おっつかれさんでした!
    で、5000KMの次は、やっぱ10000KM!
    ならば、ユーラシア大陸かな?
    あるいは、一足飛びに、ロードバイクで世界一周!?ガハハハハ!!!

  5. M女史

    AKIOさん
    SRおめでとう!これでPBPにむけて前肢あるのみですね。
    私ね、アメリカ大好きなんです。5000キロ走って更に
    好きになりました。
    だから、もし、また、いけるなら、アメリカを走りたいです!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。

タグは使えません。改行はそのまま表示されます。